管理人のフォトアルバム vol.5


スマートフォンで閲覧の方は、横向きをお勧めします。


小倉城2017

小倉城は慶長7年(1602年)、細川忠興公が築城した名城です。当時は「唐造り」とよばれ、全国唯一の珍しいものでした。現在の城は、昭和34年に在りし日の名城を再建したものです。

小倉城案内板

小倉城天守1

小倉城天守2

小倉城遠景1

小倉城着見櫓

小倉城の着見櫓は、櫓上にて沖からの通航船を監視した櫓です。木造三重二層三階塔屋付、延べ330㎡の構造で、当時の場所にそのままの姿を再現しています。現在は、「漬物処糠蔵ぬかぐら」として営業中です。元女子プロレスラーの「デビル正美」さんが、店長をしていらっしゃることで地元では有名になっています。

小倉城遠景2

小倉城大手門跡

小倉城槻門跡

小倉城庭園入口

小倉城庭園は、小笠原氏の別邸であった下屋敷(御遊所)跡を復元した大名の庭園と典型的な江戸時代の武家の書院を再現し、それに茶室や展示棟を備えた文化施設です。

小倉城大手先門跡

白洲灯台

白州灯台は、豊前国企救郡長浜浦(北九州市小倉北区長浜町)の庄屋「岩松助左衛門翁」が、白州周辺の絶えない海難を防止するため私財を投げ打って白州への灯台建設に奔走し、基礎部を完成させたものの志半ばで死去、以降明治政府に引き継がれ完成したものです。この功績を後世の市民に伝えるため、小倉城に岩松助左衛門翁が設計した白州灯台を模した塔が建てられています。

小倉城堀1

小倉城堀2

小倉城堀3

小倉城堀4

八坂神社1

八坂神社2

八坂神社3

八坂神社4

八坂神社5

八坂神社6

八坂神社7

九世紀頃には既に、小倉の地に祇園さま(スサノオノミコト)が祀られていました。
元和3年(1617年)に丹後国(京都府)から小倉の地に移ってきた細川忠興公が、改めて祇園社の社殿を小倉・鋳物師町に創建しました。
忠興公は、鷹狩りに出かけた際に小さな社を見つけ、祠の中にある御神体を覗き見ようとしました。杖でこじ開けようとしたところ、中から一羽の鷹が飛び出し、忠興公の目を蹴ったのです。失明同然になった忠興公は、神様に対して非礼を働いた神罰だと深く反省し、荘厳な社殿を建立したのでした。これによって忠興公の目も快癒したと伝えられています。
明治になり、祇園社から八坂神社へと名前が変わり、昭和九年に現在の小倉城内にご遷座されています。小倉祇園祭は八坂神社の例大祭で、小倉祇園太鼓として全国に知られるようになりました。

小倉市街

小倉市街観光案内



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です