管理人のフォトアルバム vol.3


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今回は、北九州の町を紹介します。
北九州市は、1963年(昭和38年)に、小倉市・門司市・戸畑市・八幡市・若松市の5市が合併して北九州市となっています。北九州市発足に伴い、三大都市圏以外で初の政令指定都市となりました。市制施行50年以上が経過し、小倉(現北九州市小倉北区)が、行政と商業の中心地となっています。
北九州小倉と言えば、やくざの町という悪いイメージを持たれている方がいらっしゃるように思います。昔から「無法松の一生」や高倉健さんの任侠映画などが有名になり、これが起因していると思います。また、最近では、福岡県警による指定暴力団「工藤会」の壊滅作戦など、あまりイメージの良いニュースがありません。そこで、私なりにイメージアップを図ろうと微力ながら小倉の町の良いところを写真で綴りたいと思います。
北九州出身の某東京都知事の悪行に、せめてものお詫びの印です。それは冗談ですが、大変歴史のある街でもあるので、しばらくお付き合いください。

文豪「森鴎外」は、誰でもご存知かと思います。この「森鴎外」が軍人であり小倉に住んでいたことはあまり知られていません。最初は、この「森鴎外」の旧跡をたどります。

森鴎外の銅像

森鴎外の旧居

森鴎外は、陸軍軍医として日清戦争に出征します。日清戦争終結後、日本に割譲された台湾での勤務を命じられます。朝鮮勤務の小池正直とのバランスをとった人事とされています。台湾勤務を終えた鴎外は、帰京後執筆活動に没頭し、軍人らしからぬ言動やスキャンダルなどもあり小倉に左遷されたという説があります。
左遷とは言うものの、軍医監(少将相当)に昇進し、東京(東部)・大阪(中部)とともに都督部が置かれていた小倉(西部)の第12師団軍医部長として赴任します。軍にとっても、捨てがたい人材であったことは間違いなさそうです。
小倉での生活はわずか3年足らずですが、小倉時代に付けた日記「小倉日記」や小倉時代がモデルになった「独身」、「鶏」などが有名です。
その後、日露戦争にも第2軍軍医部長として出征し、大正11年に満60歳で腎萎縮、肺結核のため生涯を終えています。
掲載の写真は、今年6月11日に「北九州市小倉北区鍛冶町」の現地で撮影しました。周辺は小倉の歓楽街で、バーやスナック、飲食店などの大人の社交場となっています。

第十二師団司令部鉄門(くろがねもん)

第十二師団司令部説明看板

第十二師団司令部跡

第十二師団司令部は、小倉城内に設置されていました。前述のとおり森鴎外が所属していたところです。国内に3ヶ所しかない軍の重要拠点でもあります。以前に『「オバマ大統領広島訪問」への想い』でも触れていますが、周辺には国内最大の兵器工場や製鉄所などがあり、原爆の第一ターゲットにされていたとしてもおかしくない事情が伺えます。

小倉城

小倉城公園

第十二師団司令部跡を含む、この一帯は小倉城公園として整備され、北九州市民の憩いの場となっています。次の松本清張記念館もこの一角にあります。

松本清張記念館

松本清張記念館入口

松本清張は、北九州市小倉北区の出身で、ご存知のとおり推理小説の第一人者です。小倉出身となっていますが、小倉は出生届が出された場所で、本人は読売新聞のインタビューで広島生まれと言っているそうです。松本清張の作品は現在でも愛され続け、未だに清張作品がサスペンスドラマ化放送されています。
森鷗外が軍医として小倉に赴任していた3年間の日記「小倉日記」の行方を探すことに生涯を捧げた人物を主人公として描いた短編小説『或る「小倉日記」伝』を1953年に発表し、芥川賞を受賞しています。

最後に小倉の様子をもう少し掲載しておきます。

北九州メディアドーム
競輪や様々なイベントが開催されています。

北九州都市モノレール
小倉を南北に貫いています。

リバーウォーク北九州
複合商業施設です。表側から撮影しています。

リバーウォーク北九州
若者が喜びそうなショップが入居し、NHK北九州放送局が隣接しています。
裏側から撮影しています。

井筒屋のイルミネーション
北九州の老舗デパートのクリスマスイルミネーションです。

松本零士クロスロードミュージアム
北九州出身の漫画家「松本零士」さんの作品が、ビルの外壁面に飾られています。

紫川
小倉の中心街を流れています。
小倉城などと一体整備され、北九州市民の憩いの場となっています。

北九州都市高速
写真は4号線です。北九州市内を南北に貫いています。

 

如何でしたでしょうか。昔は福岡市よりも人口が多く、活気ある町でした。現在は人口減少に歯止めがかからず活性化に苦慮しています。
平成28年に国家戦略特区指定を受け、今回は4事業が認定されました。「公道を活用したにぎわいの創出」事業では、道路法の規制に基づき、祭りなどの限られた期間のみ認められている公道の商業利用が、市内5カ所で認められることになりました。これによりオープンカフェやマルシェ(市場)の開催が公道上で可能になります。フランスのオープンカフェをイメージしたおしゃれな街づくりも検討されているようです。



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