博多祇園山笠の楽しみ方


見物マナー
約1トンもの重さがある舁き山と約1000人もの舁き手が疾走する博多祇園山笠では、毎年見物客と参加者が衝突する事故が多発しています。舁山の通過中は人の波も濁流のような勢いで通過しますので、写真撮影のために身を乗り出したり、コース内に立ち入ったりするのは大変危険です。
現場の警察官はもちろんの事、「交通(緑と白のたすき)」や「前さばき(黄色と白のたすき)」と呼ばれる舁山の前方整理を行っている舁き手の指示には必ず従いましょう。


もうすぐ博多祇園山笠(はかたぎおんやまかさ)のシーズンとなります。九州の有名なお祭りとして全国的にも知られています。期間中累計で200万人もの観光客が訪れるとも言われています。博多祇園山笠の歴史や詳しい解説は、他のサイトにお任せするとして、初めて訪れる人のために、私なりの視点で楽しみ方を調査研究してみました。
博多祇園山笠とは、福岡県福岡市の博多区で毎年7月1日から7月15日にかけて開催される700年以上の伝統のあるお祭です。櫛田神社にまつられる素戔嗚尊(すさのおのみこと)に対して奉納される祇園祭のひとつであり、正式には櫛田神社祇園例大祭のことを言います。博多どんたくとともに、博多を代表するお祭りのひとつです。

15日間という長い期間開催されるため地元の人でもすべてを見ることは困難です。以下にスケジュールを記載し、どういうものなのかを簡単に説明します。
山笠のことを「やま」と呼びます。山笠(やま)を担ぐことを「山笠(やま)を舁(か)く」と言います。
流(ながれ)とは、町筋毎に定められた町の集合体を意味しています。この歴史は、太閤秀吉の町割りまで遡りますが、現在は街区毎に形成されているようです。詳しくお知りになりたい方は、他サイトにてご確認ください。現在は、土居流、大黒流、東流、中洲流、西流、千代流、恵比須流、福神流の8つの流があり、福神流を除く7流が山笠当番を務めています。お祭りの前半は、博多人形師などが飾り付けた飾り山笠が町を彩ります。後半は、男衆が活気を見せる舁き山笠が祭り気分を盛り上げます。

博多山笠コースマップ

7月1日 注連(しめ)下ろし
祭り初日に舁き山笠の流区域を清める行事です。町の角々に笹竹を立て、注連縄を張り、竹で作った”素朴”な御幣を添えます。櫛田神社神官が祝詞をあげ、期間中の安全を祈願します。恵比須流だけは1ヶ月早く、6月1日に実施します。これは、明治中期まで旧暦でお祭りをしていた名残です。

7月1日 ご神入れ
山笠に神を招き入れる神事です。商店街などに建つ飾り山笠が先行します。櫛田神社の神官がスケジュールに沿って各山笠を回って催行します。これが済むと、山笠は一般に公開され、祭りらしい雰囲気になっていきます。一方の舁き山笠のご神入れは6、7日頃行なわれます。

7月1日 当番町お汐井(しおい)とり
その年、各流の当番長になった町の面々(流当番のところは流役員)が、一足先に箱崎浜まで駆けて行き、汐井(真砂)を小さな升やテボ(竹ヒゴで編んだかご)に入れて持ち帰ります。もちろん、法被に締め込み(ふんどし)姿です。

7月9日 全流お汐井とり
7月1日夕方の当番町お汐井とりと主旨・行動はほぼ同じですが、各流の舁き手が揃うので圧巻です。各流ごとに午後6時から7時過ぎにかけて箱崎浜に到着し、沈む夕日に柏手を打って安全を祈願します。帰路は筥崎宮、櫛田神社に参拝します。

7月10日 流舁き
いよいよ舁き山笠が登場です。それぞれの流区域内を舁き回ることからこの名があります。舁き出し時刻は、流ごとに異なります。コースも年によって異なり、公式発表も行なわないので、事前に流関係者に聞くしかありません。細い路地まで舁き入れるので、この祭りが地域に深く根ざしたものである事がわかります。

7月11日 朝山笠
これも流舁きですが、早朝に町総代や旧役員を呼んで接待するところから祝儀山とも呼ばれています。招かれた総代らは帷子(かたびら)に角帯を締めて出席、台上がりは白麻の半纏(はんてん)を着用するのが慣わしです。また、当番町の子供たちもこの日だけは山笠の「杉壁」内に乗せてもらえます。

7月11日 他流舁き
1日2回舁くのはこの日だけです。流の外に出るところからこの名があります。写真は博多駅前に来ています。本来ここに来ることはありません。櫛田神社の清道を回る「櫛田入り」の練習をする流もあります。

7月12日 追い山笠ならし
午後3時59分に、文字通り追い山笠のリハーサルが行われます。
一番山笠から順次「櫛田入り」して奈良屋町角の廻り止め(ゴール)までの約4kmのコースを全力で舁きます。一番山笠は追い山笠同様、「櫛田入り」の際、山笠を止めて「博多祝い唄」を歌う事が認められています。そして本番同様、「櫛田入り」と「コース」の所要時間も計測します。

7月13日 集団山見せ
福岡市の要請で昭和37年から始まりました。午後3時30分出走です。
当初は、昭和通りで行なわれていましたが、昭和58年からは明治通りの呉服町交差点~天神(福岡市役所)間約1.3kmが「舞台」になりました。この日に限り、知名士が台上がりを務め、棒さばき役の各流総務ともども舁き手を叱咤激励します。

7月14日 流舁き
追い山笠では、慣れた若手やベテランの舁き手が交代で山笠に付くため、未熟な舁き手にとっては、その年、山笠が舁ける最後のチャンスになります。また、「櫛田入り」の練習をする流もあります。

7月15日 追い山笠
午前4時59分、夜明け前にお祭りは、クライマックスを迎えます。
大太鼓の合図とともに一番山笠から順に「櫛田入り」、その後、境内を出て旧博多部に設けられた約5kmの「追い山笠コース」を須崎町の廻り止め(ゴール)を目指して懸命に舁きます。そして、「櫛田入り」と「コース」の所要時間も計測します。その後、 櫛田神社の能舞台では、午前6時から荒ぶる神様に捧げる鎮めの能が演じられます。

 

 

子供の頃に山笠に参加したことのある人たちは、東京や大阪で働いていても帰りたくなるそうです。こうやって700年の伝統を守ってきたようです。元々博多は、太閤秀吉が博多商人の町として開いた街です。博多商人が客寄せに盛り上げてきた部分もあるでしょう。不思議に思うのは、15日間もの間、商売そっちのけで男衆は山笠に参加するのです。その間、忙しい男衆が安心して山笠を舁けるように商家の奥さま方が陰で支えているのです。「博多ごりょんさん」と言い、男衆を陰で支える奥様方への敬称です。祭りを支えているのは、彼女たちの力があるからこそとも言われています。

祭りを楽しむには7月10日以降の舁き山笠のタイミングがお勧めです。飾り山笠は期間を通じていつでも見られますし、櫛田神社に行けば年中見ることが出来ます。
一番良いのは、言うまでもなく7月15日の「追い山笠」であることは言うまでもありません。しかし、早朝でもありますし、近くのホテルに泊まるか徹夜する覚悟が必要です。因みに私は若い頃に徹夜して見た記憶があります。
二番目のお勧めは、やはり7月12日の「追い山笠ならし」です。ほぼ本番と変わりありません。時間も昼間なので、遠方から観光に来られる方にはお勧めです。
三番目は、「集団山見せ」です。時間も昼間ですし、福岡市の中心街「天神地区」でも見ることが出来ます。参考までに、那珂川と博多川に挟まれた地域が、九州一の歓楽街「中州」です。ここまでが商人の町「博多」と呼ばれ、そこから天神方面は城下町「福岡」と呼ばれます。かつて博多祇園山笠は、この中洲を超えて福岡地区に行くことは無かったのですが、同じ福岡市内なので、福岡市全体を盛り上げようと、この「集団山見せ」が始まったそうです。

この時期の福岡市内のホテルは、ほぼ満室状態です。行くとすれば半年前からホテルの予約を含め、計画を立てないといけません。もし、今年いまから計画するのであれば、小倉に宿泊する手があります。新幹線で博多まで20分もかかりません。小倉に泊まって小倉と博多を同時に観光するのも選択肢の一つです。小倉の観光スポットについては、またの機会にご紹介させていただきたいと思います。それから宗像大社をセットに宗像市に宿泊するのもお勧めです。宗像大社が世界遺産に登録されれば、観光客が増えるので、今のうちに観光しておいた方が良いと思います。

如何でしたでしょうか。細かく解説すればかなりのボリュームになってしまいます。その他の観光スポットなど聞いてみたいことがありましたら、下記のコメント欄に記載して送信ボタンを押してください。私が知っている範囲でお教えいたします。



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