「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群


「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
(Okinoshima Island and Related Sites in Munakata Region)


今回は、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群が、国の文化審議会世界文化遺産・無形文化遺産部会で、平成27年度のユネスコ世界文化遺産国内推薦候補に決定されたことを受けてご紹介します。面白いと思った方は、例によって「いいね!」をお願いします。
正式な世界遺産登録は、平成29年度を目指すことになりますが、あまり知らない方も多いと思いますので、是非この機会に知っていただきたいと思います。私もこのような事を知ったのは、ごく最近の事です。知るきっかけになったのは、考古学者の「吉村作治」先生がサイバー大学の初代学長に就任された2007年以降の事です。あるテレビ番組で宗像(むなかた)には「海の正倉院」と呼ばれるほどのお宝がたくさんあると発言されたことがきっかけでした。それまでは、福岡県民としては恥ずかしながら全く知りませんでした。歴史などで習っていてもおかしくない話ですが、何故かそのような事を学んだ記憶がありません。文化庁が、あまり公にしたくなかったのではないかと勝手に憶測しております。私の思いを語るのはこのくらいにして、本題に入ります。

古事記に基づく神話の世界ですが、須佐之男命(すさのおのみこと)の腰に付けていた十拳剣(とつかのつるぎ)を天照大御神(あまてらすおおみかみ)がもらい受け、三段に折り、天真名井(あめのまない)の水をふりそそいで口の中に入れて噛み砕いて吹き出すと三柱の女神が生まれました。息吹の霧から生まれたのが田心姫神(たごりひめのかみ)、次に生まれたのが市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)、次に生まれたのが湍津姫神(たぎつひめかみ)です。これを宗像三女神と言い、祀っているのが宗像大社です。

どこにあるの?
福岡県宗像市にあります。


指定される遺産群とは?
沖ノ島、宗像大社と新治・奴山古墳群からなる遺産群です。
以下の8資産で構成されています。

1.沖ノ島(おきのしま)
2.小屋島(こやじま)
3.御門柱(みかどばしら)
4.天狗岩(てんぐいわ)
5.沖津宮遥拝所(おきつみやようはいじょ)
6.宗像大社中津宮(むなかたたいしゃなかつみや)
7.宗像大社辺津宮(むなかたたいしゃへつのみや)
8.新治・奴山古墳群(しんばる・ぬやまこふんぐん)

沖ノ島
「神の島」と呼ばれ、島全体が御神体で、今でも女人禁制の伝統を守っています。また、男性でも一般人は毎年5月27日以外の上陸は基本的に認められず、その数も200人程度に制限されています。山の中腹には宗像大社沖津宮があり、宗像三女神の田心姫神(たごりひめのかみ)をまつっています。無人島ですが、現在は沖津宮の神職が10日交代で派遣され、常時滞在しています。沖津宮社殿周辺の巨石に寄り添う23の古代祭祀跡から約8万点もの祭祀遺物が出土し、全てが国宝に指定されています。こうしたことから、沖ノ島は「海の正倉院」と称されるようになっています。また、小屋島・御門柱・天狗岩は、沖ノ島の南東約1km程にある岩礁です。沖ノ島へ渡島するときに鳥居の役割を果たしていることから、沖ノ島とは別の資産として数えられるようになっています。

宗像大社沖津宮

前述のとおり滅多に人が立ち入ることは許されません。また、女人に限っては絶対に立ち入ることが出来ません。そこで、一般の人は宗像玄海の神湊(こうのみなと)から10kmほど沖合に浮かぶ大島の沖津宮遥拝所に参拝することになります。

沖津宮遥拝所

宗像大社中津宮
沖津宮遥拝所と同じ大島にあります。宗像三女神の湍津姫神(たぎつひめかみ)をまつっています。中津宮七夕祭は鎌倉時代まで遡ることができ、七夕伝説発祥の地といわれています。 「正平年中行事」(1346)には「七月七日、七夕虫振(むしふり)神事」とあり、境内にある牽牛社(けんぎゅうしゃ)、織女社(しょくじょしゃ)に参籠(さんろう)し、水に映る姿によって男女の縁を定める信仰があると記されています。全国各地に盛大な七夕祭りがありますが、元々は厳粛なものであったことを知っていただきたいと思います。

宗像大社中津宮・境内

宗像大社中津宮・境内鳥居

宗像大社辺津宮
九州本土宗像市内にあります。宗像三女神の市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)をまつっています。本殿・拝殿は、国の重要文化財になっています。本殿は天正6年(1578年)に大宮司宗像氏貞(うじさだ)が再建しています。柿葺(こけらぶき)の流麗な屋根、五間社流造(ごけんしゃながれづくり)の建物で、安土桃山時代初期の特色をよく表しています。拝殿は天正18年(1590年)、時の筑前領主・小早川隆景が再建しています。切妻妻入造(きりづまつまいりづくり)で、屋根は本殿と同じく柿葺です。一般的に宗像大社と呼ばれるのは、この辺津宮の事を指していますが、本来の意味は、沖津宮・中津宮・辺津宮の全てを含んだ総称です。

宗像大社辺津宮

宗像大社辺津宮・社殿

新治・奴山古墳群
新原・奴山古墳群は、福岡県福津市の対馬見山系にある津屋崎古墳群の一角を成す古墳群です。国の史跡(史跡「津屋崎古墳群」に含む)に指定されています。5世紀後半~6世紀後半の古墳時代中期後半に造営され、被葬者は宗像氏関係者と推定されています。

新原・奴山古墳群

宗像大社(辺津宮)に参拝するときは、是非、大島にも足を延ばして、中津宮と沖津宮遥拝所も参拝していただきたいと思います。

また、宗像大社辺津宮には神宝館があるので、こちらも必見です。宗像大社収蔵品の中でも中心となる神宝で、昭和29年から三次に亘る学術調査で発掘され、その数は8万点に及びます。4世紀後半から約550年にわたって執り行われた大規模な祭祀は、我が国の形成期より仏教伝来を経て、今日の社殿祭祀へと変遷する過程を示す唯一のものです。
出土神宝は、古代における我が国の対外交渉を反映する銅鏡、武器、工具、装身具、馬具、金属製雛形品、滑石製品、土器、貝製品などで質・量ともに他を凌駕し、八万点の出土品すべてが国宝に指定されています。
女神を祀っているので、沖ノ島が女人禁制なのは分かるような気がします。男性でも特定の神職しか立ち入ることが許されません。何百年もの間、この伝統が受け継がれてきたことに価値があると思います。
あまり有名になると掟を破る輩が出てくることが危惧されます。勝手に侵入した者には法律で罰せられるようです。監視カメラも設置され、警備も厳重にされていますので、決して掟を破らないでください。
如何でしたでしょうか。
もっと詳しく知りたい方は、「宗像大社」でインターネット検索すれば、いろいろな情報が出てきます。



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